2019年5月8日水曜日

おくのほそ道 曽良本 (哥爰に思出て猶哀も増りて覚ゆ)


曽良本25a.02 おくのほそ道 哥爰に思出て猶哀も、増りて覚ゆ

上記は、おくのほそ道 曽良本 25a.02の一節です。向かって右側が原文で左側は原文を活字にしたものです。これをどう読むかで、二つの読み方が存在します。

曽良本25a.02 おくのほそ道 哥爰に思出て猶哀も、増りて覚ゆ

a.(哥の哀も爰に思出て猶増りて覚ゆ)
西村 (哥哀も爰に思ひ出て猶まさりて覚ゆ) 35a.08-35b.01
柿衛 (哥あはれも爰に思ひ出て猶まさりて覚ゆ) 57.06-07

b.(哥爰に思出て猶哀も増りて覚ゆ)
早大 (哥爰に思ひ出て猶哀も増りて覚ゆ) 24b.15-25a.01
昔安 (哥爰に思ひ出て猶哀も増て覚ゆ) 18a.12
河西 (哥爰に思出て猶哀も、増りて覚ゆ) 25a.02
通解 (うたここに思ひ出て猶哀もまさりて覚ゆ) 3.19a.01-02

両者の違いは「哥の」の「」を見せ消ちと見るかどうかの違いと言えると思います。そこでまず、「哥の」の部分をピックアプして流れを考えてみたいと思います。

曽良本25a.02 おくのほそ道 哥の

2、「の」の左側に二つの点を打って「の」の部分を修正することが示されます。
3、「の」の右上に「も」を書き「 哥も」と修正されました。
4、「も」の上から「哥」の下まで線が引かれ「も」の挿入場所が「哥」の下であることが示されました。*注1
5、「の」の左側の二つの点の間にもう一点打って「の」を消すことが示されます。
6、「も」が消されます。

点の打ち方は、色々な組み合わせが考えられます。しかし三つの点を同時に打つ可能性は低く、2と5のタイミングで点が二回打たれた可能性が高いように思われます。

曽良本は上記の6の状態ですが、これは少し曖昧な表記です。「も」を更に消したことにより、「の」が復活したようにも見えるからです。このような曖昧さを避けるには、7aのように「見せ消ち」を更に消して「の」を残すことをはっきりさせるか、7bのように「の」そのものを消してしまえば明確な表記になると思います。

しかし、そもそもなぜ「の」を見せ消ちにしたのか不可解です。曽良本の見せ消ちの多くは文字を修正する場合に用いられ、その文字を削除する場合にはあまり使われていません。*注2
 そのため一連の見せ消ちは「の」を修正して「も」にしているように見えるのですが、実際は、「の」を削除して「も爰に思ひ出て猶」を挿入しています。似た例を次に見てみます。

おくのほそ道 曽良本 23a.05(是に稲つみたるをやいなふねと)
曽良 (是に稲つみたるをやいなふねと) 23a.05

この例では、「を」を消しています。そして「を」の下から「や」までを線で繋いで挿入箇所を示し、「に稲つみたるをや」を挿入していることを示しています。大変明快な訂正だと思います。
それでは、「哥の・・・」場合は「の」を消さずに、どうして見せ消ちにしたのでしょうか? 特に意味はなく、たまたまそうなったのかもしれませんが、次のようなことも考えられるかもしれません。



西村本と柿衛本は2の段階の添削から、
「哥の哀も爰に思出て猶増りて覚ゆ」と読みます。

その後3で、「の」を「も」に修正し、「哥も爰に思出て猶哀れも増りて覚ゆ」となります。次の4については、その意図を量りかねますが、一つの考えとして、「も」を削除するに当たり「の」も削除することを示すために、もう一つ点を加えたと見ることができるかもしれません。こうして、早大本以下では、「哥爰に思出て猶哀も増りて覚ゆ」と読むことになります。

このように考えると「の」が見せ消ちになっている理由や、西村本や柿衛本は見せ消ちの見落としをしたのか? などの疑問は払拭されます。また、「も」と「爰に思出て猶」との間隔が少し空いているように見えるのですが、その説明にもなるかもしれません。しかしこのような添削が実際に可能か? というとちょっと難しいようにも思われます。



*注1:文字の上に横線を引いて挿入場所を示す例。

 曽17a.01 抑事ふりにたれと松嶋ハ扶桑


*注2: 二点の見せ消ちで削除を表記する例。

曽06b.04 佛頂和尚の → 佛頂和尚
曽12a.08 城を過て → 城を過


参考文献:
(西村本) 影印 おくのほそ道 櫻井武次郎編 双文社出版/ (井筒) 元禄版 おくのほそ道 雲英末雄編 勉誠社
(柿衛本) 素龍筆 柿衛本 おくのほそ道 岡田利兵衛編 新典社
(河西本) 河西本 おくのほそ道 村松友次 笠間書院
(曽良本) 天理図書館善本叢書〈和書之部 第10巻〉芭蕉紀行文集

(早大本)  奥の細道 [寶永弐 乙酉 八月七日 (1705年9月24日) 書写] (雲英末雄旧蔵) 早稲田大学図書館 
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko31/bunko31_a0171/index.html
(昔安本) 校本おくのほそ道 西村真砂子 編著 福武書店 p245-282影印
(通解) 奥細道通解 馬場錦江 (西尾市 岩瀬文庫 15‐イ76)
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100067332/viewer/1

2019.05.08
2019.05.26
2020.04.14

与謝蕪村 奥の細道 上巻
与謝蕪村 奥の細道 下巻
12-13. 14. 15. 16-17. 18.


表紙 000 
1.序章 001 002 003.03
2.旅立 003.03 004 
3.草加 005 006.05
4.室の八島 006.06 007.05
5.仏五左衛門 007.06 008 009.01
6.日光 009.02 010 011 012.03
7.那須 012.04 013 014.06
8.黒羽 014.07 015 016.07
9.雲巌寺 016.08 017 018 19.07
10.殺生石・遊行柳 19.08 020 021.02
11.白河の関 021.03 022.06
12.須賀川 022.07 023 024 025.05
13.あさか山 025.06 026.06
14.しのぶの里 026.06 027.07
15.佐藤庄司が旧跡 027.08 028 029.07
16.飯塚 029.07 030 031.08
17.笠島 031.08 032 033.03
18.武隈 033.04 034 035.01
19.宮城野 035.02 036 037.04
20.壺の碑 037.05 038 039 040.03
21.末の松山 040.04 041 042.04
22.塩竈 042.04 043 044.04
23.松島 044.05 045 046 047 048 049.05
24.石巻 049.06 050 051.07
25.平泉 051.08 052
053 054 055.01
26.尿前の関 055.02 056 057 058 059.01
27.尾花沢 059.02 060.03
28.立石寺 060.04 061
29.最上川 062