先に、「おくのほそ道 底本と主な参考文献」の暫定的な注で、新潟大学所蔵の寛政NSについて次のように書きました。
寛政版B’ 新潟大の寛政NSは、雲英末雄の分類には存在しない。「諧仙堂 蔵板」であるが、洛陽蕉門書林の書肆に「井筒屋庄兵衛・橘屋治兵衛」の名のみで「浦井徳右衛門」の名前がない。雲英末雄の分類の寛政版Bと寛政版Cの過渡期的な表記になっている。(袋綴にする際に均等に折れずに「浦井徳右衛門」がノドの部分にずれこんでしまった可能性に留意)
留意部分について詳しく見てみたいと思います。
おくのほそ道 寛政版 57b(付録4b)
寛政K 雲英末雄の分類では寛政版Cに対応する
寛政NS
・上の寛政Kでは「井筒屋庄兵衛/橘屋治兵衛/浦井徳右衛門」の3つの名前が並んでいるが、下の寛政NSでは「井筒屋庄兵衛/橘屋治兵衛」の二つの名前だけで「浦井徳右衛門」の名前がない。
こうして並べてみるとすぐに気づくのだが、「洛陽蕉門書林」という文字が、寛政Kに比べて寛政NSでは随分と左に寄っている。また、右側の柱の部分に書かれている「四」という丁付の文字だが、寛政Kでは「四」の文字が1/3くらいしか見えていないが、寛政NSでは完全に姿を表し右側に余白まである。
以上のことから、寛政NSの「浦井徳右衛門」という文字列は、ノドの部分にずれ込んで綴じ代に入って見えなくなっているという可能性が考えられる。しかし袋綴じにしようとする際に半分に折れずにズレたという可能性は低いように思われる。これだけの折りミスならば、かなりのズレとなるので、他の丁よりも横幅が大きくなり、すぐに気づくはずである。また、製本する際に、飛び出た部分を処理しなければならなくなる。とするならば、印刷する際のミスの可能性が考えられる。更には印刷する際に故意にズラした可能性も考えられる。もっと考えるならば、「浦井徳右衛門」の部分に墨を付けず空白にした可能性も考えられる。この点についてはもう少し検証が必要となるので、今回は保留として、次に、印刷の状態について見てみたいと思う。その前に寛政NSと寛政版Bと寛政版Cの関係について見てみたい。
おくのほそ道 寛政版 57b(付録4b)
寛政GF 雲英末雄の分類では寛政版B
寛政K 雲英末雄の分類では寛政版C
・寛政GFでは「寛政元歳酉仲秋再板」となっていいるが、寛政Kでは「寛政元年酉仲秋再板」と「歳」が「年」と変えられている。寛政Kでは「諧仙堂 蔵板」という文字列が入り、「井筒屋庄兵衛/橘屋治兵衛」に加えて「浦井徳右衛門」の名前が入っている。翻って寛政NSを見ると、「浦井徳右衛門」の名前がないという点は寛政GFと同じだが、それ以外では寛政Kと一致する。
・仮に寛政版NSが寛政GFと寛政Kとの中間だとすると、文字の欠損は寛政Kよりも少いはずであるが、明らかに寛政Kの方が状態がよい。一番わかりやすい場所が次の素龍の跋である。
おくのほそ道 寛政版 54a(付録01a)
寛政NS
寛政K 雲英末雄の分類では寛政版C
向かって右から、「多(た)」「ミ」「村」「ま」「たり」「の」
・管見では、寛政Kのように欠損のない版は、これより先に出版された、寛政版Aに属する寛政Iと寛政版Bに属する寛政GF、それに詳細不明の寛政N2のみで、それ以下の寛政版Cに属する、寛政KS・寛政M・寛政R・寛政W1・寛政W2、寛政版C’に属する寛政N1、寛政版Dに属する寛政O、寛政版Fに属する寛政IKは全て同じ箇所に欠損がある。これらのことからこの欠損は寛政版Cの初期以降に起きたと考えられる。
以上のことから、寛政NSは寛政版Cの初期以降に属し、「浦井徳右衛門」の欠落は製本の際の欠落の可能性と、印刷ミスでズレたか、故意にズラした可能性が考えられる。その点については改めて考えてみたいと思う。
引用文献
国会図書館デジタルコレクション 元禄T(底本)/ 蕪村.巻T
国文学研究資料館 元禄K/ 寛政K/ 芭門七書K/ 永機K/ 奥の細道
駒沢大学図書館 元禄KM
相愛大学 春曙文庫 元禄SI
北海道大学図書館 明和H
宮内庁書陵部 別版S.有丁
酒田市立光丘文庫 寛政M/ 写本M
新潟大学附属図書館 佐野文庫 寛政NS
岐阜大学図書館 寛政GF
愛知教育大学附属図書館 模写IK/ 寛政IK
金城学院大学図書館 寛政KS
大阪大学附属図書館 忍頂寺文庫 寛政O
奈良大学図書館 寛政N1/ 寛政N2
八戸市立図書館 模写HA/註.鈔HA
函館市中央図書館 香雪.交山HK
愛知県立大学図書館 明和I/ 寛政I/ 註.菅菰I
立命館大学図書館 元禄R/ 明和R/ 寛政R/ おくのほそみち
Google ブックス 慶應義塾大学 元禄G1 元禄G2/ 明和G/ 別版G.桜寿軒
早稲田大学図書館 元禄A 元禄B 元禄C/ 明和W / 寛政W1 寛政W2/
別版A.有丁 別版B.有丁/ 別版C.桜寿軒/
半化坊W/ 百家交筆W/ 香雪.交山W/永機W/ 蕉門七書W/ 芭蕉翁文集W
模写A 写本W2 写本W3 写本W4 惟足W(吉川惟足) /
註.洗心抄W/ 奥の細道
西尾市岩瀬文庫 註.通解NO
弘前市立図書館 蕉門七書HR(写)
福井県文書館 模写FI
富山県立図書館 半化坊TY
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2018.5.26 更新
水音凛香・速水敬五
おくのほそ道の原書(素龍筆 井筒屋本)や与謝蕪村の奥の細道を気軽に読んでみようというブログです。
変体仮名もくずし字もどんどん読もう。
芭蕉自筆本・曽良本・柿衛本・早大本・昔安本などの違いも見ていきたいと思います。
Let's read OKU-NO HOSOMICHI in the original.
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5.仏五左衛門 007.06 008 009.01
6.日光 009.02 010 011 012.03
7.那須 012.04 013 014.06
8.黒羽 014.07 015 016.07
9.雲巌寺 016.08 017 018 19.07
10.殺生石・遊行柳 19.08 020 021.02
11.白河の関 021.03 022.06
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15.佐藤庄司が旧跡 027.08 028 029.07
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17.笠島 031.08 032 033.03
18.武隈 033.04 034 035.01