2020年12月20日日曜日

松島図誌 瑞巌寺の朝鮮梅(臥龍梅)について part.2

Part.1 からの続きです。

2.瑞巌寺の朝鮮梅はいつから臥龍梅と呼ばれるようになったか。

現在、宮城県の公式のサイトでは、瑞巌寺の紅白の2株の梅を「臥竜梅」と表記し、瑞巌寺の公式サイトでは、「臥龍梅」或いは「臥龍八ツ房」と表記しています。

しかし、先に見た「松島図誌」「塩松勝譜」「松島勝譜」「松島案内」には、「朝鮮梅」或いは「八つ房の梅」と書かれているだけで、「臥龍梅」や「臥龍八ツ房」という表記は見られません。また、明治期の瑞巌寺の住職が著した「松島案内」にも「臥龍梅」という表記は見られません。

松島案内瑞巌寺略伝
中原鄧州 編 瑞巌寺 明30.10(1897)
国会図書館 p15
一 庭前・・・・・・・五葉松八房梅紅白二株ア
り重辨ニテ香氣多シ葩ノ間又蘃アリ一輪ニ八箇ノ菓實ヲ結フ政宗
公朝鮮征討ノ節携へ歸リ手自ラ植付ラレタルモノナリ

上記は次を増補したものです。

案内記 
原東最 著 明23.9(1890)
国会図書館 p6
○ 庭前・・・・・・五葉ノ松。八房ノ梅紅白二株ハ政
宗卿朝鮮征伐ノ節携歸リ手自カラ植付ラレタルモノト
云傳フ

更に、昭和3年発行の宮城郡誌にも「臥龍梅」という記述はみられないので、瑞巌寺の紅白の梅が一般に「臥龍梅」と呼ばれるようになったのは、昭和に入ってしばらく経ってからのことではないかと思われます。 

宮城郡誌 宮城県宮城郡教育会  昭和三年(1928) 
第九節 天然記念物 第一項 植物 二、名木  国会図書館 p847
朝鮮凱旋の梅 郷土人稱して「八ツ房の梅」と云ふ、松島瑞巌寺本堂の庭園、御成門の左右に二株併植し、紅白二種の梅樹にして慶長十四年三月二十六日精舎上梁の雅宴に藩祖手づから植ゆる所なり樹齢三百二十年を累ぬる古木なり、其の花重瓣其の香馥郁他の種に勝れり、爾かも結實重累密着して二顆以上五六顆に及べる特長あり。仙臺藩祖貞山公文錄朝鮮の役に出陣し、凱旋のとき齎らし来れる天然記念物なり、公も亦動中静の仁なるか、公の吟詠左に。
 絶海行軍歸國日。鐵衣袖裏裹芳芽。風流千古餘清操。幾歳閑看異域花。
 臨松勝譜。朝鮮梅。瑞巌寺殿前に在り。紅白二株あり。貞山公嘗て征韓の役に得る所の種にして。茲に栽えしむと云ふ。老幹鱗皴痩 枝樛曲。其花千葉一芬五六實。若くは八九實を結ぶ初め花開く時花心中に數小蕋を簇發し。而して香氣尤も烈なり。范石湖梅譜及陳扶搖秘傅花鏡中に未だ嘗て載せざる所なり。實に奇品と稱すべし。

[皴][夋+阝]  [臨松勝譜 (臨)は(鹽)の誤り]

では、最初に瑞巌寺の朝鮮梅を臥龍梅と呼んだのは誰かというと、それは塩釜の志波彦神社の宮司も務めた芳賀真咲であるかもしれません。

松島道案内 : 一名・奥州汽車の初旅
芳賀真咲 著 金港堂 明治22.7(1889)
国会図書館 p164-165
中門を入りて臥龍梅(ぐわりようばい)といふ老木の梅が有る、此梅ハ八ツ房で枝が地上を這ツて其の地に付た處から根を生ずるを性(せい)とす。此が朝鮮征伐の御土産だと云ひ傳へて居る

ここで注目したいのが、「枝が地上を這ってその地についた処から根が生ずる」という記述です。現在の瑞巌寺のホームページの説明には、[地上を這いうねるように枝を伸ばす樹の姿が「臥せた龍」に似ていることが「臥龍梅」という名前の由来です。]とありますが、「地についた処から根を生ずる」というような説明はありません。この他、宮城県史などでもこのような説明はありません。
 では一体、この説明はどこから来ているのかというと、それは「亀井戸梅屋舗の臥龍梅」からではないかと思います。

古今要覧稿 草木部 梅五
国会図書館 77
 臥龍梅
臥龍梅ハ亀井戸梅やしきに植る所古木にして
世のしる所なりまゝその種を植るものあり正
月末より開く花は単瓣清白中輪にして上花也
蕚黄緑にて紅色を帯たりその馥郁ととして數
歩にかほれり又一種淡紅のものあり花形白色
のものと異ならすされと清白の方を真の臥龍
とすへしと(春田久啓韻勝園梅譜)いへり淡紅ハ即白花よ
り変せしものなるへし諸書に淡紅の説見えす
その木の形枝の末地中に入て幹となり枝と成
てはひわたる故臥龍梅と黄門光圀卿名付給へ
りと今ハ其地中より出し幹ひともと/\にわか
れて數株となれり其地中へはひし枝ハ皆朽た

和漢三才圖會云江戸龜井戸有2名木梅1枝着地處
根ヲ蕃2方六丈餘ニ1(白花香甚)
怡顔斎梅品云臥梅和名ハヒムメ梅譜ニ云ク去2成都1
二十里有2臥梅1偃蹇十餘丈相傅唐ノ物也謂2之ヲ梅龍1
好事者載酒遊フ之ニ


「江戸、龜井戸に梅の名木がある。枝が地に着く処、根を生ず。」というような和漢三才図会が引用されていますが、松島道案内はこのような亀井戸の臥龍梅の特徴を、瑞巌寺の紅白の梅に重ね合わせたのではないかと思います。
 この他に瑞巌寺の紅白の梅を臥龍梅としているものに、観光客のお土産用に作られた松島真景図があります。

松嶋真景全圖
明治廿四年五月一日印刷同年同月二日出版 (1891)
発行編輯兼印刷者 仙台國分町二丁メ五十四番地初版出版所
盛光堂 今野謙三郎 



松島真景図は、明治20年代から大正の頃まで色々な種類が発行されていますが、「朝鮮臥龍梅」と表記されているものは管見では上掲以外は見当たりませんでした。(一心 みずい版画 WEB画廊 No.18 掲載の 松嶋塩釜真景全図  盛光堂蜂屋十馬編讃輯 明治27年 にも 瑞巌寺内朝鮮臥龍梅 と表記されているようです。また、これよりも後に発行されたと思われる真景図に「八つ房の梅」と表記されているものをネットオークションで見たことがあります。)
 これ以外では、次の本に臥龍梅という記述がありました。

松島と金華山 中村古峡・中村蓊(なかむらしげる) 
大正六年八月卅一日発行(1917)
国会図書館 p60
「臥龍梅」中門を入ると廣い、古雅な庭園があつて、其の中に政宗公朝鮮
征伐の際、彼國から齎したと云ふ八房の老梅が二株(しゆ)ある。一は紅梅、一は
白梅、八重で花瓣の間に又蘃(ずゐ)あり、一輪に八個の果實を結ぶと云ふ。


この本では、題が「臥龍梅」とはなっていますが、梅の説明は従来通りの、八房の梅の説明となっています。

以上のことから、瑞巌寺の紅白の梅は昭和の初め頃までは、「臥龍梅」と呼ばれることはほとんどなく、一般的には「朝鮮梅」「八房の梅」と呼ばれていたものと思われます。

では、瑞巌寺の紅白の梅が「臥龍梅」と呼ばれるようになったのはなぜかというと、それは、「若林の朝鮮梅」が国の天然記念物に指定されたことによる影響が大きいのではないかと思います。 このことについては次回以降に続きます。

ーーーーーーーーーーーーーーー

資料

韻勝園梅譜  春田久啓
国会図書館 10
臥龍梅
 清白と粉白の二種ありといふ潔白なるものを真
 の臥龍梅とすへし単の花にて香氣ことによし
 実の形も亦他の梅と殊にして林檎の如し
 花の多少により大小ありといへとも実ハ大ならさる方
 なり此木枝を垂を性となし古木となれハ殊に
 屈曲して臥龍の形をなせり枝をたハめて地につかし
 むれハおのつから根を生すまた此木の性なり予か友梅
 龍園にうゆる所尤古木にして真の臥龍梅と云へし

古今要覧稿では、韻勝園梅譜を引用して、「清白」と「淡紅」と書かれていますが、実際には、「清白」と「粉白」と書かれています。

怡顔斎梅品 2巻. [1]
臥梅
国会図書館 32 33 34 35

 

名所江戸百景 亀戸梅屋舗
歌川広重(初代)
国会図書館


 

Flowering Plum Orchard
Vincent van Gogh 
ゴッホ美術館


三十六花撰 東京梅屋敷臥竜梅
喜斎立祥(二代目歌川広重)
国会図書館


江戸名所尽 梅屋敷 臥龍楳 開花ノ圖
英泉画
Museum of Fine Arts Boston

江都梅屋舗臥龍林之図
英泉画
The British Museum

東京三十六景 亀井戸臥竜梅
昇斎一景
東京都立中央図書館

花美人名所合 亀戸臥龍梅
尾形月耕
在外日本美術データベース 
プラハ国立美術館

臥龍梅
鈴木春信
MRAH

 

2020.12.20
2020.12.27


与謝蕪村 奥の細道 上巻
与謝蕪村 奥の細道 下巻
12-13. 14. 15. 16-17. 18.


表紙 000 
1.序章 001 002 003.03
2.旅立 003.03 004 
3.草加 005 006.05
4.室の八島 006.06 007.05
5.仏五左衛門 007.06 008 009.01
6.日光 009.02 010 011 012.03
7.那須 012.04 013 014.06
8.黒羽 014.07 015 016.07
9.雲巌寺 016.08 017 018 19.07
10.殺生石・遊行柳 19.08 020 021.02
11.白河の関 021.03 022.06
12.須賀川 022.07 023 024 025.05
13.あさか山 025.06 026.06
14.しのぶの里 026.06 027.07
15.佐藤庄司が旧跡 027.08 028 029.07
16.飯塚 029.07 030 031.08
17.笠島 031.08 032 033.03
18.武隈 033.04 034 035.01
19.宮城野 035.02 036 037.04
20.壺の碑 037.05 038 039 040.03
21.末の松山 040.04 041 042.04
22.塩竈 042.04 043 044.04
23.松島 044.05 045 046 047 048 049.05
24.石巻 049.06 050 051.07
25.平泉 051.08 052
053 054 055.01
26.尿前の関 055.02 056 057 058 059.01
27.尾花沢 059.02 060.03
28.立石寺 060.04 061
29.最上川 062