そこで、元禄版、明和版、寛政版を対比させて検討してみたいと思います。
おくのほそ道 01a.03「を」


・欠損過程を見ると、まず元禄G2・元禄Cのように上部が欠損し、更に明和Iのように欠損している。この過程を踏まえて明和Rを見てみると、明和Iと同じ欠損箇所を墨書きで修正している可能性が高いように思われる。

・明和Wは明和Iなどよりも更に欠損しているものを修正しているように思われる。

・寛政Iは、元禄版の「を」の欠損のない版を参照し、模写IKは元禄版の欠損のある版、あるいは、明和版を参照したように思われる。
・模写IKについて
模写IKは、国文研の書誌では「刊本」とされ、図書カードでは「明和7年本」とされているが、明和版でないのは明らかであり、刊本ではなく写本(模写)であるように見える。また手本にしている版は明和に近い版ではあるが、おそらく明和以前の元禄版を手本にしているものと思われる。このことについては、後ほと見てみたいと思う。ともかく、写本であろうが刊本であろうが、明和版に近い版を底本にしていることには違いがないので、欠損部分の修正例を見るには格好の引用資料となる。
画像引用元: 元禄A・元禄G2・元禄C・明和I・明和R・明和W・寛政I・模写IK
おくのほそ道 04a.03「謂」

・元禄D・明和R・明和Hは欠損箇所を墨書きで修正したものと思われる。元禄D・明和Hは本の所持者の癖のためか、元禄Aとは大きく変わってしまっている。明和Rはもともと欠損部分が少なかったためか、元禄Aとほとんど変わりなく修正されている。
おくのほそ道 04a.03「謂」

・赤丸の部分を見ると、元禄T・明和G・R・Iが、他の版に比べて元禄Aに近い。 明和版は5種あるが、明和G・R・Iは、雲英末雄の分類では明和版Aに対応し明和版では最も初期の刷りである。また元禄Tも同時期のものであることがこの刷りの状態から窺える。(明和版Aは元禄Tよりも先に刷られた可能性がある)
・明和Hは雲英末雄の分類では明和版Bに対応し明和版では二番目の刷りである。明和Wは雲英末雄の分類には存在しないが、明和版では一番最後の刷りであると思われる。
・赤丸に関しては、元禄T・明和G・R・Iが特によく刷られており、明和版でもH・Wになると上段の元禄版と同程度に落ちる。
・青丸の部分を見ると、下段の版は全て、上段の元禄SI・G1と同等であり、それ以下の元禄K・C・B・R・G2よりも元禄Aに近い。
・緑丸の部分を見ると、下段の版は全て、上段の元禄SI・G1・Kと同等であり、それ以下の元禄C・B・R・G2よりも元禄Aに近い。
・「謂」の文字に関しては、元禄版よりも明和版の方が刷りの状態がよくなっている。これは、特異な例であるがその原因は分からない。
おくのほそ道 04a.03「謂」

・赤丸の部分を見ると、寛政Iの底本は、元禄T・明和G・R・I以外である可能性が高いように思える。
・青丸の部分を見ると、寛政Iは上段の元禄K・C・B・R・G2に特徴が似ているように思える。
・緑丸の部分からすると、寛政Iは上段の元禄C・Bに近いように思える。
画像引用元:元禄A・元禄SI・元禄G1・元禄K・元禄C・元禄B・元禄D・元禄R・元禄G2・元禄T・明和G・明和R・明和I・明和H・明和W・寛政I・模写IK
元禄D:影印 奥の細道 上野洋三編 和泉書院 p9
おくのほそ道 04a.08「萬」

元禄A・元禄C・明和I・寛政I・模写IK
・元禄Cや明和Iでは上部の草冠の部分が完全に欠落しているので「萬」という文字であることを特定することも困難である。模写IKではそのまま「於(お)」としている。
・寛政版は「萬」の文字に欠損のない元禄版を参照したものと思われる。文脈などから「萬」と特定できたとしても、参考なしにこれほど元禄Aに近い修正を施すことは不可能であるように思われる。
おくのほそ道 05a.08「くて」

元禄A・明和I・明和R・明和H・寛政I・模写IK
・明和R・明和Hの「て」は、欠損箇所を墨書きで修正したものと思われる。元禄Aと比べると明らかに違っている。
・寛政Iは元禄Aにかなり近い。元禄版の「て」の欠損のない版を参照しているものと思われる。模写IKも元禄Aに近いので元禄版を参照している可能性が高いように思われる。
おくのほそ道 06a06「山を」

・明和R・Hは、欠損箇所を墨書きで修正したものと思われる。元禄Aと比べると明らかに違っている。
・寛政Iは元禄Aにかなり近い。元禄版の「山を」の欠損のない版を参照しているものと思われる。模写Aも欠損のない版を参照しているものと思われる。模写IKも元禄版を参照している可能性が高いように思われる。
画像引用元:元禄A・元禄T・明和G・明和R・明和H・寛政I・模写IK・模写A
おくのほそ道 07a.03「には非す」

・元禄T・明和G・Wは、青丸の部分が欠損しているが、寛政Iでは元禄Aにかなり近い修正が施されているので、この部分が多少なりとも残っている版を参照したものと思われる。模写IKは、この部分が完全に欠損した版を参照した可能性が高いように思われる。
・赤丸の部分を見ると、寛政Iと模写IKは、元禄B・Cのような欠損部分をまっすぐ繋いで修正したように見える。
画像引用元:元禄A・元禄B・元禄C・元禄T・明和G・明和W・寛政I・模写IK・模写A
おくのほそ道 07b.01「独は小姫」

・赤丸の部分について、明和R・明和Hは墨書きで修正されている可能性がある。
・黄色丸の部分について、明和Rは墨書きで修正されているものと思われる。元禄Aと比べると明らかに違っている。元禄Bも墨書きで修正された可能性がある。
・青丸の部分について、寛政Iは元禄B以上の欠損していない版を参照している可能性が高いように思われる。一方、模写Aは元禄C以下の欠損した版を参照したように思われる。
画像引用元:元禄A・元禄SI・元禄B・元禄C・元禄T・明和G・明和R・明和H・明和W・寛政I・模写IK・模写A
おくのほそ道 08a.01「日」

・明和Rと明和Hは、欠損部分を墨書きで修正しているものと思われる。
・寛政Iは元禄B以上の版を参照しているように思われる。
・模写Aも元禄B以上の版を参照しているように思われる。
画像引用元:元禄A・元禄B・元禄C・明和R・明和H・明和W・寛政I・模写IK・模写A
国会図書館デジタルコレクション 元禄T(底本) / 蕪村
国文学研究資料館 元禄K/ 寛政K/ 別版K/ 其角堂蔵版(永機)/ 奥の細道
相愛大学 春曙文庫 元禄SI
北海道大学図書館 明和H
宮内庁書陵部 別版S
酒田市立光丘文庫 寛政M
新潟大学附属図書館 佐野文庫 寛政NS
岐阜大学図書館 寛政GF
愛知教育大学附属図書館 書写(模写)IK 寛政IK
金城学院大学図書館 寛政KS
大阪大学附属図書館 忍頂寺文庫 寛政O
奈良大学図書館 寛政N1 寛政N2
八戸図書館 書写HA
愛知県立大学図書館 明和I/ 寛政I/ 菅菰I
立命館大学図書館 元禄R/ 明和R/ 寛政R/ おくのほそみち
Google ブックス 慶應義塾大学 元禄G1 元禄G2/ 明和G 後ろから表示される。
早稲田大学図書館 元禄A 元禄B 元禄C/ 明和W / 寛政W1 寛政W2/
別版A 別版B 別版C 別版D 別版E 別版F 永機W
書写(模写)A 書写B 書写C 書写D 書写E 書写F(吉川惟足) /奥の細道
芭蕉自筆奥の細道 上野 洋三 桜井 武次郎 編 岩波書店 自筆本
天理図書館善本叢書〈和書之部 第10巻〉芭蕉紀行文集 曽良本
河西本 おくのほそ道 村松友次 笠間書院 河西本
素龍筆 柿衛本 おくのほそ道 岡田利兵衛編 新典社 柿衛本
影印 おくのほそ道 櫻井武次郎編 双文社出版 西村本
校本おくのほそ道 西村真砂子 編著 福武書店 p245-282 影印 昔安本(東大本)
校本おくのほそ道 西村真砂子 編著 福武書店 p339-378 影印 土芳本
影印 奥の細道 上野洋三編 和泉書院 元禄D
天理図書館善本叢書〈和書之部 第10巻〉芭蕉紀行文集 下郷本(去来?)
鼇頭奥之細道 村松友次 笠間書院 鼇頭
新釈おくの細路 木村架空 著 中央堂 明29.9 活版A
著作物の引用について
現在、国文学研究資料館と国会図書館と慶應義塾大学グーグル図書館プロジェクトでは、著作権の切れた作品の使用については特に制限していませんが、その他の公立・私立の図書館では、著作権の切れた作品であってもその使用に制限を加えています。
そこで当ブログでは、国文研と国会図とグーグルの資料ついては制限せずに使用しますが、その他の図書館の資料については、著作権法上の法的根拠には拠らず、著作権の切れた作品であってもその所蔵図書館に著作権があると便宜上考えることにし、これらの資料については、著作権法第三十二条の引用権を用いることにします。
2018.6.10更新
水音凛香・速水敬五